もう新しいコンテンツは作らんと宣言したばかりなのに…。

「サンデー(掲載時のサンデー、2005.6.12アップ))」以来、9年ぶりの新コンテンツ立ち上げである。
以前と違い、コアで熱狂的で同情的な住人の方で成り立っているこの我がうる星やつらだが、そういった人々はもちろん、以前のように自分で楽しめるHPにしていきたい!という思いが、新コンテンツ立ち上げの原動力となった(既に文章は支離滅裂且つ滅茶苦茶)。

と、偉そうに書き始めたはいいが、一体なんについてのコンテンツであるのか!とお思いの方もおられるだろう(多分3人くらい)。
このコンテンツは、まさにタイトル通り、極私的、つまり管理人deacon本人の個人的なうる星やつらに関する思い出を書き連ねていこうと思っているのである。
以前(10年以上)、「我がうる(管理人うる星伝)」というタイトルでほんのわずかな期間、このHPにアップしたコンテンツがあったが、それは、私とうる星やつらの出会いについてであった。
今回アップしようとしているのは、アニメ版うる星やつらに関して、私deaconが個人的に作っていた資料についてである。
だから決して公的なものでなく、超ド級の個人的資料についてのコンテンツであるからして、このHP、そして私deaconに興味の無い方は、ソッコー退出することをここに強くおすすめする。

掲示板でも書いていたが、先日、昔のDVDを探すため、PC周辺の整理をしていた時に、この「我がうる星やつら」における根幹的コンテンツ、「全テレビデータ総覧」を書き上げる際の手書きテレビデータメモを発見してしまった。
簡単に言うと、レーザーディスク版テレビアニメうる星やつらを鑑賞しつつ、HPアップ用に取っていたメモがいくつか見つかったのである。
今手元にあるのは、ディーン時代、しかも後期のわずかばかりではあるが、13年前、テレビを見つつ、必死で取っていたメモが見つかったことは、私を当時の熱気に近づけるには十分な出来事であった(←仕事しろよ)。

そして。
先日フジテレビで放送されていた、”あれから29年 JAL123便 フジテレビ「日航123便 32分間の闘い」”を見て、当時(1985年8月12日)の日記を探そうと、屋根裏にのぼったとき…。
1986年に作成した、このHPの源流となる、個人的テレビデータノートを発見してしまったのだ。
(因みに日記は1984年4月から1986年夏までの短期間、結構詳細にしたためていた。)
当時はネットといった個人発信ができる媒体など全くと言っていいほど一般化しておらず(かろうじてパソコン通信があったくらいか)、だからこの発見したノートも、発表するつもりは毛頭なく、ただただ個人的に作成したものだった。


これがそのノートの表紙である。ノートの黄ばみ加減、セロテープの劣化、はみ出したメモのぼろ具合が28年という年月を表している。
この表紙ロゴは、多分サンデーか何かのタイトルをトレースしたもの。


そしてこれが表紙見返し。アニメ第1話〜第110話までのタイトルを非常に細かい字(尚且つ汚い字)で列挙している。
もう一度はっきりしておくが、これは誰かに見せるために作ったものではなく、あくまで自分の思い出のために、自分個人のためだけに作ったノートである。
まさしく大馬鹿野郎。
そして次のページから、さらに「黒歴史」と読んで差し支えない驚愕の内容となっていく。

なんと、一話一話の放送日と簡単な内容、そして感想が全218話分、綴られているのだ!
2001年6月に開設したこのHPの源流はここにあったのだ!

何度も言う。これはあくまで個人的ノートであり、発表を想定したものではない…。
スマホでは見れないかもしれないが、一番左上にはこのノートを書き始めた日が記されている。
「1986年S61
 8/2(土)」
今から28年前の夏(S61とは昭和61年を表す)。テレビアニメ版うる星やつらの放送が終わって4ヶ月。私は中学三年生。高校受験真っ只中である。

次のページから、なにやら怪しげな赤の星印が登場。
この印は、私deaconが本放送のこの話を見たか否かがわかるようになっている。つまり、赤星印がついている話は本放送をみている話ということ。
なぜこのようなことをしていたかというと、これから先、数十年の時を経てしまうと、どの話を自分が本放送でちゃんとみたかの記憶が薄れていくと思い、まだ当時の記憶が新しい時期に覚えている限りその記憶を残しておこうと思ったからだ。
病的に変質的偏執的である。

しかし今ではこの星印に感謝している。このノートをとっている時期から半年後に再放送が始まり、そして15年後にレーザーディスクボックスを買うことになるのだが、何回も見返すことによって、どの話を本放送で見たのかという記憶がだんだん曖昧になっていくのが自分でも如実に分かったからだ。

まだこの時点では、物語のあらすじや感想は殆ど記入されておらず、単に、自分が本放送で見たか否かがメモの中心となっている。

これはノートの中盤。スタジオぴえろ後期の作品について書いている。
恐るべきは特に記憶に強く残っている話については、本放送を一度見たきりで詳細に内容を覚えていること。
思春期のdeaconに、このうる星やつらがいかに強い影響を与えたかを物語っている。
特に上記の「大金庫!決死のサバイバル!!」「丸秘作戦・女湯をのぞけ」は印象深かったようで、ご丁寧に末尾に「以上資料なしでかいた。」と誇らしげに書いているのが可愛らしくも痛い。
この後、テレビデータについては合計40ページにわたって、それぞれのタイトル、放送日、感想がノートに綴られている。

テレビデータの後には、歴代OPEDのタイトルと放送期間、次のページにはファンが選出した「うる星ベスト10」そしてその次のページには、当時の「私の独断と偏見で選出したうる星ベスト25」が列挙されている。
痛い。あまりに痛いぞ当時の俺。

そして空白の数ページ(コミック版うる星やつらをトレースした絵が何枚か貼っていある)の次に、当時発売されていた小学館コミックス31巻までの全タイトルを列挙したページが。
まさしく「黒歴史」と呼ぶにふさわしい内容である。

おしまいがこれ。裏表紙見返しに書いた、アニメ第111話〜最終話218話までのタイトルの列記となっている。

アップしていく内にこのノートを作った経緯を少しずつ思い出してきた。
当時友達のY君の家に遊びに行ったとき、うる星やつらの特集を組んだアニメ雑誌を見つけた(多分アニメージュ)。
その特集の内容は、アニメうる星やつら最終回を記念して、アニメの全話タイトルやOPED、ファン選出のベスト10が詳細にわたって記されているものだった。
欲しい!この雑誌が欲しい!
しかし出版されたのは多分1986年春頃。この雑誌を友達の家で見つけたのが1986年初夏。すでに店頭で新刊を見つける術はない。また大のアニメファンであるY君からこの雑誌を譲り受けるのも絶望的だ。
(因みにこのY君は、当時ビデオデッキを持ってない私deaconに、劇場版オンリーユーを見せてくれた恩人である)
仕方ない。
写そう。

Yくんの了承を得てただひたすらタイトルとOPEDの歴史、ファン選出ベスト10を写した中学三年生の初夏。
そのメモをもとにこのノートを作成したのだ。

もう一度このノートを読み返してみると、この見返しの全218タイトルと、テレビデータ40ページ、OPED資料、ファン選出ベスト10、自分のベスト25は、1986年8月2日(土)〜8月3日(日)のわずか二日間だけで作成されていることが分かった。


この情熱の少しでも勉学に向けていることができれば、もう少し私の運命も変わっていたかもしれない…。

最後に。
この「我がうる星やつら」を作成したパラノイア的情熱はすでに1986年の中学三年時からその発露が芽生えていたものであることが分かった。
また読み返してみると、現在では絶対本放送で見た記憶のない放送についても、本放送を見たと断言している話数がたくさんある。また、このHPで糞味噌にコキおろしているエピソードについても、このノートでは結構評価しているものもあった。人間の記憶力というものは本当に曖昧で適当であることがよくわかった。しかし、多分このノートが、私のうる星やつら愛の根本であることは間違いない。
書き始めてから28年。その間、10回の引越しという苦難を乗り越えてボロボロになりながらも紛失することのなかったノート。
アップしている画像は、これでも画像編集ソフトで修復している。原版はもっと黄ばんで薄れていて読みづらい。
これから私deaconは何年生きるかわからないけど、このノートはこれからも後生大事に保存しておこうと心に誓いつつ、このページを終わらせていただく。

完(2014.08.16sat)



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